漆かきカンナ、師弟で受け継ぐ 全国唯一の職人技
国産漆の生産に欠かせない漆かき道具の一つであるカンナ。鍛冶(かじ)職人の減少で、全国で製作を手がけるのは田子町の中畑文利さん(73)ただひとりとなった。昨年暮れ、1人の青年が弟子入りし、漆生産の現場を支える職人の技が受け継がれ始めている。
煙にいぶされ、黒く煤(すす)けた6畳ほどの作業場。中畑さんが手押しのふいごで風を送り込むと、火床(ほど)の炭火がはぜて一気に赤色が増した。「カンコンカンコン」。代わるがわるハンマーを打ち下ろす。赤く熱せられた鉄の棒がたちまち平たく形を変えていった。
金属を打ち延ばす鍛造の工程は2人がかりの作業。中畑さんの相方を務めるのが新岡恭治さん(40)だ。弟子入りから半年余。「なかなか狙ったところをたたけない」とこぼす。そんな新岡さんに、中畑さんは「槌(つち)打ち3年、やすりがけ3年、研ぎ3年だ」と諭すように言葉をかけた。
中畑さんは鍛冶屋の2代目。中学3年のころにはすでに父親を手伝ってハンマーを握っていた。農具や馬具といった仕事道具から包丁や鎌などの生活用品まであらゆる金物を扱っていた。「種類なんて数え切れない。ホームセンターの金物コーナーをイメージしてもらえればいい」と笑う。
当時は町内だけでも10軒前後の鍛冶屋があった。その後、大量生産に押されて同業者は次々と転業や廃業を余儀なくされた。「今は仙台市から青森市まで、国道4号沿いには自分しかいない」と話す。
漆かきカンナも父親の代から扱っていた道具の一つ。長さ約15センチ、幅約7センチ。漆の木の皮に溝を付けるU字形の刃と、メサシと呼ばれる幹に傷を付ける二つの刃がある。町と県境を接する国内最大の漆の産地、岩手県二戸市のほか、岡山、京都、茨城各府県など全国から注文があり、年間約80本を生産している。
父親から家業を任されて以来約40年。妻の和子さん(62)と二人三脚で営んできた。「やめるのは簡単。でも自分のせいで仕事ができなくなる人が出てくる。安易にはやめられない」
後継者を強く意識するようになったのは約10年前。骨髄性白血病を発症したのがきっかけだった。抗がん剤による治療で症状は治まっているが、今も月に1度、盛岡市の病院に通っている。
新岡さんは中泊町出身で弘前市の鉄工所で刃物製造を担当していた。新聞やテレビで中畑さんを知り、「途絶えてしまうかもしれない技術を身につけたい」と一念発起。妻と長女を残して町の地域おこし協力隊員に応募した。採用期間は3年間。中畑さんはカンナの製作技術を受け継いでもらうつもりだ。
「鉄工所で働いた経験があるのでいい。見て、覚えて、とにかく経験を積むことだ」と中畑さん。傍らの和子さんも「一生懸命覚えようとしてくれています」。将来は家族を呼び寄せて町内に工房を持ちたいという新岡さん。「一日も早く認められるよう頑張るだけです」と笑顔を見せた。(志田修二)








