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CRAFTWORKERS #2

傷は負うけど、致命傷にならない着地―ピンチはチャンス 為末大さんの考える「落とし所」

シドニー五輪から3大会連続五輪出場を果たした元陸上選手・為末大さんは、現在会社を経営しながら、思想家としても活躍。鋭い考察がメディアに度々、展開されます。

スポーツにおけるプロフェッショナルとしての実績を起点に、様々な分野に活動の幅を広げている為末さん。オリンピック開催という国家事業を終えたあと、撤退戦と見る向きもある日本で、どうやって前を向いて生きていくべきか。

「正論」が話題を呼ぶ、経営者・思想家としての為末さんのプロフェッショナリズムに迫ります。

制作:朝日新聞デジタルスタジオ
撮影:栃久保誠

為末さんが「古巣批判」を厭わない理由

──為末さんは時に陸上競技やスポーツ界への批判も厭いません。古巣を批判するのは勇気が要りませんか。

もちろん、ドキドキはしますよ(笑)。嫌われるのは別にいいんだけれども、友だちを傷つけるのはイヤですから。そして、古巣には友だちがたくさんいるわけです。でも、よくなってほしいと思ったら、批判的なことを言わなきゃいけないときもあります。

それができるようになったのは、陸上競技やスポーツ界の「インサイダー(組織の内側で問題解決をする人)」には戻らないと踏んぎりがついたからでしょうね。いつかインサイダーになりたいと思っていたら、発言に忖度が生じて、切れ味が悪くなる気がします。

それに、利害関係があったらきっと、見ている人にもバレてしまうでしょう。「こういうつながりがあるからだろうな」とか「将来こうなりたいからだろうな」とか。「アウトサイダー(組織の外側で問題提起をする人)」として一線を引いているのは、「正論」を言い続けるためでもあるんです。

──そもそも、陸上競技のプロフェッショナルとして実績がある為末さんが、スポーツ界のアウトサイダーであるというのは、意外だと思う人もいるかもしれません。

実際、僕はJOCにも、日体協(日本スポーツ協会)にも、陸連(日本陸上競技連盟)にもいないし、強化委員でもキャスターでもない。唯一、Jリーグの理事をしていますが、これもサッカーという門外漢の競技で、アウトサイダーとしての役割を期待されてのことです。スポーツ界にほとんど、ポジションを持っていないんです。ただまあ、僕も自分のことを客観的に見たら、中に入れるにはちょっとめんどくさいよね(笑)。「わかれよ、組織の論理も」って思うでしょう。

「傷は負うが、致命傷にならない」の落とし所

──為末さん自身は、陸上競技やスポーツ界の「インサイダー」になろうとは思いませんか。

自分のようなタイプは能力的・性格的にインサイダーに向かないし、万が一やるのであればやっぱり人生を賭けないといけない。だから、会社を経営する身としては、なれないというのが答えになります。それに、陸上って特にアウトサイダーが少ないと思うんですよね。例えば野球やラグビーは外に熱心な経験者やファンがいて、あれこれ言っているところを見かけますが、陸上にはあまりいない。

最初は「自分は陸上しか知らないから外の世界を見なきゃいけない」「スポーツ以外のこともできると証明したい」という二つの理由で陸上競技やスポーツ界の外に飛び出しました。会社がある程度、回るようになって、落ち着いてくると、やっぱり古巣ですから、スポーツに興味は出てくる。そこで、アウトサイダーのポジションがあるなと。意図せずアウトサイダーになったけど、最後には意図的にそう定義づけていったという経緯ですね。

──プロフェッショナルの存在はいつの時代も必要です。一方、時代の変化が速く、プロフェッショナルたちを取り巻くルールが追いつけなくなってしまう状況は、陸上競技やスポーツ界に留まらず、日本のあちこちで発生していますよね。

だからこそ、僕はもっと、いろいろなことを開示していった方がいいと思うんです。従来の日本の組織は、都合の悪いことを隠そうとしてしまう。でも、外側の環境の変化が速いから、ひずみがどんどん大きくなって、明らかになるときにはすでに致命傷、ということが起きる。

アメリカみたいに、全部ディスラプト(破壊)して作り直す、というやり方は、日本には向かない気がしています。それよりは、しっかりダメージコントロールをする。傷は負うんだけど、致命傷にならない着地をさせるというのが大事ではないでしょうか。そのためには、内側のプロセスを開示し、そこに問題があれば、早い時期に指摘を受けてやり直すことが必要です。

インサイダーには、組織の内側の都合を考えた上で「落とし所」を見つけるセンスが求められます。アウトサイダーはインサイダーの苦労を理解した上で、言うべきことを言う。アウトサイダーが配慮しすぎても形骸化してしまうし、配慮しなすぎると変革の機運自体が潰れてしまう。このバランスがカギになります。

「撤退戦」の日本で、それでも前を向くために

──多くの人は、組織の内側にいても「変革しよう」とまでは思わず、日々に流されてしまいます。プロフェッショナルによって生み出された「レガシー」の存在が大きい場所ではなおさらです。だからこそ、為末さんのように、物事を俯瞰して見る能力が求められるのでは。

問題意識のあるインサイダーが増えることは必要ですね。一方で、組織の内側と外側を意識し、自分の役割を明確にすることのデメリットもあります。というのも「ここからここまでは自分の問題」は「ここから先は自分の問題じゃない」と同義でもある。この発想の先にあるのが分断です。

以前、湯浅誠さんと話したときに「今の若い人は『みんな違ってみんないい』はよくわかっています」とおっしゃっていたんです。「その代わり『あっちのことは知らないけど』」というモードだと。これはこれでよくない気がしますよね。組織の問題のみにフォーカスするのではなく、その問題がさらに大きな社会、世界へとどのように接続されているのか、まで俯瞰するのがいいのかもしれません。

──自国開催のオリンピックイヤーを迎え、今年は否が応にも、世界における日本を意識せざるを得ないタイミングです。以前のような経済成長は期待できず、人口は減少していく。モノづくりの時代には見えやすかったプロフェッショナルの価値も揺らいでいます。この「撤退戦」において、どう前を向くべきでしょうか。

仕事でアジアなどいろいろな国に行くと、自分の頭に毎回どうしても浮かぶのが「日本は沈んでいく」という考え。経済の面でも、教育の面でも、日本の中の制度疲労なんて目じゃないスピード感で、世界が進んでいくのがわかるんです。とは言え、いきなりすべてを日本に持ち込んでも、抜本的には変わらない。ここでも大事なのは「傷は負うけど、致命傷にならない着地」ということになるでしょう。

僕は日本人ほど「逆境」好きはいないと思っているんです。平和だとのんきなんだけど、危機的な状況になると目を覚ますような。そこで重要なのが人材、この国が世界に誇るものです。起業家を集めたインキュベーションオフィスを催しているのも、それが理由です。日本が「傷を負った」とき、立ち上がれる人材に育っていってほしいと思います。

歴史に残るのは、大抵の場合、乱世の英雄ですから。そういう意味ではおもしろい時代だと思います。人にチャンスのある時代だからこそ、「挑戦に武器を」というのが僕のキーワードです。いろいろな世界で挑戦しようとしている人に、アウトサイダーの声も武器として、「大変だけどがんばっていこうよ」と励ましていきたいですね。

<<前編はこちら>>

為末大(ためすえ・だい) Deportare Partners代表。1978年広島県広島市生まれ。男子400mH日本記録保持者(2020年1月現在)。2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会で銅メダルを獲得、シドニー・アテネ・北京のオリンピック日本代表。2018年7月に株式会社Deportare Partnersを設立、競技用義足体験施設を併設した新豊洲Brilliaランニングスタジアムの運営や、スポーツベンチャーなど起業家のシェアオフィス事業に取り組む。近著に『生き抜くチカラ: ボクがキミに伝えたい50のことば』(日本図書センター)、『逃げる自由』(プレジデント社)など。

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