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Minimal代表・山下貴嗣さんが「人生をかけた」カカオのポテンシャル

※本記事は2019年5月11日に朝日新聞デジタルで掲載されました。

カカオ含有率80%の「ハイカカオ」を口に含めば、煎ったナッツにも似た強い香気が鼻孔に抜けてぶわっと広がる。深い苦みと澄んだ酸味、まとめる甘みの塊を舌でねっとり転がせば、ザクザク粗いカカオの粒が野性味たっぷりに現れて大地の恵みを主張する。

65%の「クラシック」は優しくとろける懐かしい甘さ。「ミルクやバニラが入ってると思う? でも1枚目も2枚目も、同じカカオ豆と砂糖だけ」。変えたのは豆を焼く温度と時間、ひき方と含有率。ビターの鮮烈もミルクの滋味も縦横に表現できるという。「これがカカオのポテンシャル。気付けば人生かけたくもなるでしょう?」

廃屋寸前の平屋を独力で改築し満足げに梁(はり)を眺めて酒を飲む父を格好良いと思った少年の日から、形ある「何か」を生み出すことに憧れた。就職し経営コンサルタントになったが、ものづくりへの思いは消えず30歳を前に退社を決意。作るべきものを求め甲州のワイナリー、燕三条の刃物と全国を巡った。だが運命の扉は意外に近くにあるものだ。それは中目黒のカフェだった。

当時まだ珍しかったカカオの焙煎(ばいせん)から成形まで手がける「Bean to Bar(ビーントゥバー)」の店。イタリア帰りのバリスタ朝日将人(まさと)さん(43)が差し出すチョコは、鮮烈なオレンジの香りが口中で弾(はじ)けた。「なんだこれは」。材料はカカオと砂糖だけという。香料などの足し算で作るチョコとは真逆(まぎゃく)の、絞り込んだ素材を極める引き算で起こす、ミラクルの味。「まるで和食じゃないか」。西洋が本場のチョコも、この土俵なら「和の発想で優位に立てる」と直感した。聞けば朝日さんはカフェを閉めチョコ専念を考えているという。これは、もう、運命だった。

扉の奥にはやはり朝日さんのチョコに魅了された丸山珈琲(コーヒー)社長、丸山健太郎さん(51)もいた。現地農園で豆の品質管理から手がけるスペシャルティコーヒーのドン。コーヒーとカカオの産地は近く貧しい国も多い。「農家が幸せになればよい豆を買え、うまいものを作ればお客様も幸せにできるよ」。その言葉は天啓だった。偉人伝を愛した少年時代のもう一つの願い「世界を少しだけよくする」。二つの夢が一本の道にぴたりと重なった瞬間だった。

14年末、産地と向き合い豆が主役の「Minimal-Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」創業。3年後にはインターナショナルチョコレートアワードの、香料等を含まず食感を有する板チョコ部門で日本ブランド初の金賞に輝き、世界を驚かせた。「まだ足りない、もっと皆で幸せになりたい」。カカオならできると信じる。「つらい時も一口かじればほっとする。チョコは人を少しだけ幸せにする力を、そもそも備えていますから」

店舗でのテイスティングイベントではチョコのタイプ別に相性のいい飲み物も紹介。ハイカカオとチャイを合わせると「チョコの中のココナツ感が出ます」=東京都渋谷区

──もともとチョコレートが好きだったのですか?

大好きなニューヨークにビーントゥバーの工房があって、そこで土産に買う程度でした。強く意識し始めたのは、材料はカカオと砂糖だけなのに、オレンジのように香るチョコに中目黒で出会ってからです。

作っていた朝日は彼自身カカオ豆かと思うほど無口な男でしたが、ビーントゥバーの目的は「豆の可能性をチョコという手段を使って引き出すこと」との思いで一致しました。

──何から始めました?

まずは世界の現状を知らねばと会社員を辞めた後の2カ月間で13カ国、60人ほどのビーントゥバーオーナーを訪ねました。そして発見したのは、大半の工房の目的が「おいしいチョコ作り」だったこと。だから万人がチョコに期待する滑らかな口溶けを裏切れないんです。でも僕らは豆が目的でチョコは手段。だから僕らのチョコは豆本来の香りがつまったカカオの粒でザクザクする。買い付けで世界を巡りますが、僕らほどザクザクしたチョコには出会えていません。

一期一会の味

──豆と砂糖だけで味をどう調整しますか?

産地から届いた豆は焙煎(ばいせん)して砕き、カカオマスの状態にして僕や朝日ら3~6人でテイスティングする。ビターネス(苦み)やアストリンジェンシー(渋み)など、豆の特性を、独自につくった11の項目で、10段階評価します。

カカオの含有率、煎る温度と時間、ひき方のきめ。味や印象を左右する要素の組み合わせは無限です。この豆の特徴はバニラの香りだから浅煎りで残そう、こっちは丹念にひいて油の甘みを引き出そう──。豆ごとに方向性を探ります。

試行錯誤の連続です。工房では昨年、3119回レシピを書き、製品化できたのは1割でした。非効率ですが、ものづくりとは重ねた努力が質になり経験値になり、新たな可能性を見抜けるようになることではないでしょうか。この11項目は門外不出。それこそ試行錯誤で到達した、Minimalの命なので。

マダガスカルから届いたある豆は、繊細なバラの香りの一方で渋みも強烈でした。浅煎りの温度を下げ、通常47分のところを60分でゆっくり焼く。すると赤ワインのような渋みと酸味、ローズジャムのようなすばらしい香りと余韻が引き出せました。

カカオ農園の多くは品質が安定せず、バラの香りの豆もこの麻袋一つだけ。瞬間の感覚で香りを狙い撃ちにした限定千枚のチョコは即完売。名残惜しかったのですが再現不能、一期一会です。だから僕は世界中に豆を探しに行く。もっと面白い豆に出会うために。

フィリピン・ミンダナオ島での山下さん

選ばれる側

──産地との関係は?

素材の勝負ですから、よい豆を求めてベトナムやハイチ、ガーナなど、30カ国余で300以上の農園を訪ねてきました。農家がカカオ豆の収穫から発酵、乾燥まで行う。僕はその豆を煎り、持参のミルでひいて簡単なチョコを作る。農家にも食べてもらい、「よい味わい」の基準をすりあわせ、よりよい豆に仕上げる発酵法などをアドバイスする。

でもなかなか売ってくれません。理由は簡単で、僕らと取引してもメリットが少ないから。僕らはフェアトレード価格で買いますが量はせいぜい数トン。しかも農薬や発酵に注文をつける。価格は安くても100トン単位の取引になる商社に売った方がもうかります。

へこんだ時期もありますが産地を回り続けました。すると、一軒の農家が豆を売ってくれたんです。

なぜかと聞くと、「俺は30年カカオを作ってきたが、おいしいチョコとは何かを教えられたのは初めてだ。今までは量を作らなければ収入が増えず、人を雇う金がないから子供たちも働かせていた。お前はよいものを作れば来年も高く買うという。生活を犠牲にせずに収入を上げる方法を教えてくれた」という。

鳥肌が立ちました。同時に、心のどこかでフェアトレードをふりかざしていた自分を恥じました。少量のフェアトレードか、安いが大量取引での豊かさか。選ぶ自由は農家にある。僕が農園を選ぶのではなく、選ばれる側でした。「豊かさとは選択できること」と、気付かせてくれました。

──今後の展望は?

誰かの人生に新たな選択肢を提示できる仕事を、今は心から幸せだと思っています。僕がビジネスを大きくすれば社会に与える影響も大きくなる。続ければ、世界がちょっとだけよくなるかもしれない。

20年後にはカカオのスター農家が誕生すると予言します。ワインのように、チョコも農園や作り手で選ばれる時代がきっとくる。農家は経済的に自立し、もっといい豆を作るでしょう。僕はその豆を売ってもらい「このスターの豆を20年前から買ってたんだぜ」と内心、にやっとする。それはかなり、気持ちいいでしょ。(文・西本ゆか 写真・北村玲奈)

山下貴嗣(やました・たかつぐ) 1984年、岐阜県生まれ。自ら自宅改築の図面を引いた1級建築士の父や近所に住んでいた美濃和紙のうちわ職人らの背に、職人の格好良さを感じて育つ。07年慶応大商学部卒。経営コンサルティング会社で経験を積み、14年退社。カカオ豆の個性を「引き算で生かす」ビーントゥバーに日本のものづくりの可能性を感じ、同年12月、「Minimal」創業。年3分の1は海外のカカオ農園を巡り、現地農家と対話を重ね、よりよい豆の開拓と調達をめざす。写真は17年、フィリピン・ミンダナオ島。海外での愛称は「タカ」。ヒゲは「童顔でなめられぬため」はやした。ビジネス書が好きだが、谷崎潤一郎「陰翳礼讃」は中学時代に父の書斎で見つけて以来の愛読書。「日本人の美意識のすべてがある。菓子器の暗がりに沈めたようかんの色合いと味わい、繊細な描写にぞくぞくします」

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