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川久保玲は「ガキの頃の理想」 原作も作曲も演出も女性

※本記事は2019年12月29日に朝日新聞デジタルで掲載されました。

ウィーン国立歌劇場で今月、同劇場初の女性作曲家による新作オペラ「オルランド」が上演された。劇場の150周年記念公演で、演出や脚本、衣装にも女性を起用。原作も女性作家の小説だ。衣装はコムデギャルソンの川久保玲が担った。保守的とされるウィーンのオペラ界では異例の作品だ。

初日8日の公演は満員。気温5度以下の寒空の下、会場の外では転売屋が定価の数倍の値段でチケットを売っていた。

「大成功。チケットは完売だし、オペラの世界に強いメッセージを吹き込むという戦略は当たった」。初演を振り返った歌劇場のドミニク・マイヤー総裁は喜びを隠さなかった。

原作は英国の女性作家バージニア・ウルフが1928年に発表した同名の小説。16世紀から400年かけ、途中で主人公の男性が女性に変わり、奔放に生きる。今回の脚本では更に100年と未来を加えた。20世紀の戦争や原爆投下、経済発展と環境汚染、インターネットの普及、グローバリズムや自国第一主義なども題材になっている。

オペラ「オルランド」©Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

同劇場が初めて女性作曲家を起用したことをマイヤー総裁は「女性だからではなく、一流だから選んだ」としつつ、「ウィーンのオペラは時代遅れとは言われたくない」と加えた。

また、3割を占めるようになった外国人客のため、全席に日本語を含む八つの言語で歌詞などを表示するタブレット端末の設置、世界各国でのテレビ放映を増やすなど「現代の芸術としてオペラをアップデートすること」に努めてきたという。

作曲のオルガ・ノイビルトは地元オーストリア出身。デビッド・リンチ監督の映画「ロスト・ハイウェイ」のオペラ化などでも知られる前衛的な作風で、現代音楽にロックバンドの演奏も差し込むなど斬新なアイデアを盛り込んでいた。

ノイビルトは今回の依頼を受けた際、「困惑し、即答はしなかった」という。以前、オーストリア出身の女性ノーベル文学賞作家エルフリーデ・イエリネスと共に同劇場から依頼を受けたが途中で「女嫌いの男性の言動」があり、破談になったからだ。現総裁は以前の出来事とは無関係で説得力もあり、「オペラ界は変わらないことが問題。ここから声を出していこうと思った」という。

川久保に衣装を依頼したのはノイビルト。理由は「80年代に私がオーストリアの田舎の“ガキ”だった頃から理想の人だった。独創性や創造への厳しさ、ビジネスにおける探求心を崇拝しているから」だという。

オペラ「オルランド」©Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

演出は若手の英国女性ポリー・グラハムが手掛けた。20ものセットがあり、動くパネルやCGを駆使して夜空の花火を投影するなど凝った幻想的な仕掛けが光った。

そして川久保の衣装も、昔の王妃が着たような荘厳なドレスや重厚な紳士服といった古典的なスタイルを、壊すような作風。主人公が男性の時は複数の袖がついたジャケット、女性に変わるとパステルカラーの花飾りが満載のドレスに。異素材を組み合わせたコートや、横じまのTシャツドレスまで計142種。主役級の役者が着た約40体は、遠めからでも並大抵の作り込みではないことが分かる。

オペラ「オルランド」©Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

ノイビルトからの申し出を受けた理由を川久保は「150年の歴史の中で一度も女性作曲家を起用しなかったことに驚いたから」と語る。「才能ある女性がいないことはありえない。男性中心に運営されてきたオペラ界に新しい風が吹けばいいかなと思って」。パリ・コレクションの作品と重複しても構わないとの条件も、引き受けた理由だという。

そして原作については「オルランドは上からの力に迎合することなく、自分で考えて自由に生きた。その価値観が一緒だし、原作のウルフが言いたかったであろうことを自分なりに解釈した」という。

初日の終演後のカーテンコールは10分以上続いた。率直に感じたのは、川久保の衣装のクリエーションがずば抜けて優れていたことだ。現地紙は各紙とも今作が意欲的であることは認めながらも「内容を詰め込み過ぎ」との評もあった。しかし川久保の衣装には称賛のコメントが目立った。

オペラ「オルランド」©Wiener Staatsoper/Michael Pöhn

近年、「#MeToo」運動など女性が声を上げる機運が世界で盛り上がっている。それでも今回の公演は、私たちが、まだそれほど進んではいないことを証明するようだった。

これまで川久保は現実社会で起きたこと、起こりつつあることに対し、服を通して「それはおかしい」と表現してきた。その思いは現在も「大いにある」という。「だからこそ、毎日毎日どんなことがあっても、作り続けるしか自分には方法がない」と述べた。(編集委員・高橋牧子)

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