「孤独のグルメ」の源流 アラン・ドロンのような人が…
スーツ姿の中年男性がひとり黙々と食を楽しむ。その様を淡々と映し続けてきたドラマ「孤独のグルメ」(テレビ東京系、金曜深夜)が、放送開始から10年目に突入した。原作者で、ドラマの音楽も担当する久住昌之さん(63)に聞いた。
原作の漫画は、僕と谷口ジローさん(2017年に死去)が20年以上も前に描いたものです。今でもドラマが続いているのが、なんだか不思議な感じです。
漫画は、文庫本を半年に1回ずつ3千部増刷するような、ジワジワとした売れ行きでしたが、ドラマもジワジワ。大々的に宣伝するのではなくスルッと、2012年に始まりました。テレ東の深夜番組で「めざせ視聴率2%」と言ってね。まあ今でも「夢の4%」なんて言っていますけど。とにかく、野望も欲もなくやってきました。
亡くなった谷口さんがよくおっしゃっていました。「とにかく僕は、何度も何度も読んでもらえる漫画が描きたい」と。1コマ描くのに1日がかり、というのが当たり前なくらい、背景もすごく細かく描いてくれた。
何でそんなに、と聞いたら「大きな見せ場も何もない、ひとりの男(井之頭五郎)が食べるだけ。でも五郎の気持ちを伝えるにはちゃんと描かないとだめなんだ」と言う。
コロナ禍の放送 「この作品があって良かったのでは」
ドラマのスタッフも、その精神をよく理解してくれています。納豆をかき混ぜるのを30秒撮り続けるのが、孤独のグルメなんです。
店探しも、店側との関係づくりも、本当に苦労して丁寧に撮影しています。いまも放送が続き、再放送も見ていただけるのは、見るにたえうる丁寧さゆえだと思います。
淡々と続けてきた中でのコロナ禍です。偶然ですよね。自分で言うのもあれですが、このような漫画やドラマがあって良かったんじゃないでしょうか。こういう時代になったから作った作品ではありません。昔から孤独、ひとりで食べています、という力が抜けた作品です。
今はコロナ禍の放送ですが「何かを訴えよう」とは考えていません。基本は変わらず淡々と。ただ、音楽で変化を付けています。
ドラマのテーマソングは毎回、僕らの音楽ユニットで作っています。放送中のシーズン9までで計400曲くらい。今シーズンのイメージは、1960年代ロックです。ベトナム戦争などの社会的な背景のなかで生まれたロックは、コロナの時代に重ねたら光るのではないかと。ストーリーはワンパターンだけど、何か工夫して、新鮮さを保とうとしています。
「カレーのルーとご飯の配分が…」
僕自身が、デビューから40年、ワンパターンです。81年のデビュー作「夜行」は、アラン・ドロンのようなかっこいい人が弁当を食べながら、頭のなかではくだらないことを考えている話。自分が食事中に、おかずを食べる順番を考えていることに気づいたのがきっかけです。
カレーライスを食べるときには、ご飯とカレーのルーの配分がすごく心配になりました。家では気にならないのだけど、外で食べていると、「このままだとご飯が足りない」とか、「ルーが足りない」とか。途中、福神漬けでご飯を食べて調整していることに自分で気づいて。そんなことを考えながら食べているのがちょっと恥ずかしかった。
自分の恥ずかしい、ひとに言えないような食べ方を、かっこいい人も頭の中でやっていたら面白いなって。その滑稽さを、淡々と描きたかった。だから、テーマはグルメじゃなくてもいいんです。「食べ物漫画ばかり描いている」と思われがちですが、小中学生のことを描いた漫画や、古本屋の漫画も描いている。ただ、一貫して描いているのはひとりの人の頭の中です。
「孤独のグルメ」の漫画から約20年、ひとりでラーメンや立ち食いそば屋に行く若い女性も増えました。時代だと思います。
韓国は、元々孤食文化のない国ですが、ドラマを見て、「五郎さんになりたい」とか「ドラマを見て練習しています」と言う人がいました。ひとりで食べる練習をするのかと、それもすごく面白いですよね。「ひとり」を面白いことに変えて元気が出たらいいと思いますよね。
(聞き手・野城千穂)