Presented by サッポロビール株式会社

200年前のフォルテピアノに命吹き込む 大阪・堺の情熱の職人

※本記事は2021年10月28日に朝日新聞デジタルで掲載されました。

♪大きなりっぱな古ピアノ 山本さんのピアノ 200年前から生きてきた ごじまんのピアノさ~

「大きな古時計」は動かなくなってしまったが、今も元気に動く長老ピアノが大阪は堺市に集う。ピアノの原型は1700年ごろにイタリアのクリストーフォリが発明したとされ、黎明(れいめい)期の古いピアノは「フォルテピアノ」と呼ばれる。その貴重なコレクションを一目見ようと、「スペース クリストーフォリ堺」を訪ねた。

扉を開けると、フォルテピアノ修復家の山本宣夫(のぶお)さん(73)が迎えてくれた。瀕死(ひんし)の長老ピアノに命を吹き込んできた「お医者さん」だ。

木がふんだんに使われた、温かみのある空間に「ヤマモトコレクション」のピアノが所狭しと並ぶ。シューベルトやショパンなどそうそうたる作曲家たちが生きた、19世紀のフォルテピアノが中心だ。

「これはベートーベンが晩年愛したピアノと同じ型です」。1816年製で、現代のピアノより一回り小さい。弾かせてもらうと、万華鏡のようなギラギラ光る音がした。

鍵盤を押しても半分くらいしか沈まない。足のペダルを踏むと、鍵盤がザッと右に移動した。いまのピアノとずいぶん勝手が違う。

こつこつ直して30年 修復の裏側は?

調律師だった父の背中を追いかけて静岡県浜松市で修業後、本場のウィーンへ。現地の博物館で修復家として働いた。1991年、自身が修復に携わったフォルテピアノの演奏を聞き、「今のピアノで奏でるモーツァルトと全然違う」と感銘を受けた。

日本に輸入して魅力を伝えたい――。帰国後、貯金を切り崩しながら1台あたり「高級車くらい」の値段でこつこつ手に入れた。オークションなどで出会ったときはどれもボロボロ。内部の板は割れ、弦も切れて荒れ放題だ。調律などで生計を立てながら、根気よく直し続けてきた。

30年かけて集めたフォルテピアノはおよそ20台。舞台で喝采を浴びる花形は十数台で、残りは当時の素材を取り出して修復に使っている。

フォルテピアノは壊れやすく世話がやける。それでも、「自分の手でよみがえらせるのが生きがい」と山本さん。助手の波多野みどりさん(70)と交代でトラックを運転し、手塩にかけたピアノを日本中の演奏会へ連れ出してきた。

ピアノが生まれた初期の1726年製の複製も1999年に完成させ、海外でも展示された。自動ピアノなども含め、ピアノのコレクション全体は40台ほどにのぼる。

「心の機微が表現できる」 ピアニスト川口成彦さん

今月2日、文化ホール「フェニーチェ堺」(堺市)に、1846年製、プレイエルのフォルテピアノが登場した。ピアニストの川口成彦(なるひこ)さん(32)のリサイタルのため、半年前から修復を重ねてきた。

金の装飾で飾られ、見た目はまるで宝箱のよう。ところが、ショパンの「葬送」が響くと一転、棺(ひつぎ)かと思う荘厳さが醸し出された。その昔は宮廷のサロンなどで奏でられており、醸し出す音の「親密さ」も魅力のひとつ。「フォルテピアノは繊細で、心の機微が表現できる。朗読で語りかけている気持ち」と川口さんは語る。

山本さんは生まれ故郷の堺に根付き、大阪芸大の客員教授も務める。長年の功績がたたえられ、昨年、「JASRAC音楽文化賞」を受賞した。貴重なピアノを、後世にどう残すかがこれからの課題だ。

いまは、200年前のウィーン製を修復している。目指すは来年の演奏会。その脚には、女神の彫刻が施されていた。個性豊かな長老ピアノがまた1台、息を吹き返す。(杢田光)

上野真さん(ピアニスト、京都市立芸術大教授)

山本さんとは様々な楽器でご一緒しました。1816年製ブロードウッドのベートーベン(2011年)、プレイエルのショパン(13年)、シュトライヒャーのブラームス(19年)など、成果はオクタヴィア・レコードからのCDに結実しています。山本さんの楽器は、作曲家の心の原風景を体感できます。過去の美を現代によみがえらせる点では我々音楽家と同じ。情熱の人、天性の職人です。ますますお元気で、名器に魂を吹き込んで頂きたいですね。

この記事をシェア

facebookにシェア
twitterにシェア
tLINEにシェア

SHARE

facebookにシェア
twitterにシェア
tLINEにシェア

オススメ記事
RECOMMENDED

↑TOPへ