SNS、バズって注文殺到 素朴なヘッドホン、業務用メーカー 3カ月分在庫が1日で完売
知る人ぞ知る業務用音響機器メーカーがつくるヘッドホンにいま、一般ユーザーの注文が殺到している。東京の住宅街にある、社員35人の小さな会社に何が起きたのか。
「本日のみで3カ月分のご注文を頂き、再欠品してご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
今月1日、音響機器メーカー「アシダ音響」のツイッターアカウントは明らかに戸惑っていた。品川区の大崎駅にほど近い3階建ての本社にお邪魔すると、もっと戸惑っていた。社員10人ほどが、食堂のスペースまで張り出して、出荷作業に追われていた。
きっかけは、ツイッターでのつぶやきだった。
購入者の一人が、1年半前に発売された音楽用ヘッドホンについて言及した。すると、愛用者の投稿が次々に重なっていく。
「仕事で毎日使ってるけど丈夫で良い」
「シンプルなデザイン、長く使える、かつ安い」
「イヤホンは声優御用達」
それに呼応するように、オンライン注文がどっと押し寄せた。注文は500件を超え、3カ月分の在庫が3時間で底をついた。テレワーク向けのヘッドセットを含めた4製品がわずか1日で完売した。
■ZARDも愛用
「うれしい悲鳴です」。柳川久社長(40)は驚きを隠せない。
実は業界では知られた老舗メーカーだ。戦時中の1942年、スピーカーの国産化を目指して創立された。横断歩道で「ピヨ、ピヨ」と鳴る視覚障害者のための信号用スピーカーは同社の製品だ。富士山測候所に耐寒用スピーカーも開発した。
警察官の無線イヤホンのほか、放送局や工事現場でのヘッドセットといった業務用の丈夫な音響機器にめっぽう強い。ZARDの坂井泉水さんも同社のヘッドホンを愛用していた。
「音が真面目で、華やかな色付け感がないところがいい」と話すのは、神奈川県を拠点に音楽制作やレコーディングを手がける藤木和人さん(58)だ。80年代に勤務していたビクタースタジオでアシダ音響のヘッドホンを使っていたといい、現在のスタジオでも愛用している。「音という、一見地味な世界を追求してきたアシダの製品が注目されるのはうれしい。質感も良いし、女性にも似合います」
一般向けの製品をつくっていなかったわけではない。ただ、OEMやODMと呼ばれる相手先ブランドによる生産で、あくまで「黒衣」に徹してきた。それも価格競争で海外メーカーに太刀打ちできなくなり、売り上げは減少傾向にあった。
■4年前から販売
そんななか、自社ブランドで一般向けのイヤホンをつくり出したのは4年前。コンセプトは「素朴かつ軽量のデザインで、心地よい音を楽しんでほしい」。長年培ってきた技術を生かし、迫力ある音質を実現したヘッドホンは重さ110グラムで税込み6380円。包材もシンプルにして価格を抑えた。
なぜここまで人気を呼んだのか。柳川社長は「コロナ禍でライブに行けず、自宅で音楽を楽しむ人が増えたことが大きい。また、簡素な梱包(こんぽう)がSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みとして好まれたのかもしれません」と分析する。
技術部の小野公了部長(60)は「カラーはグレー一色。地味だけど、よく言えばレトロ。音響機器はワイヤレスが全盛ですが、音の良さでは有線にかないません」。同じコンセプトによる新たなヘッドホンも現在開発中だ。
宮城県石巻市にある自社工場で、職人による国内生産にこだわっているため、急な増産はむずかしい。柳川社長は「SNSをきっかけに、無名だった私たちのことを知ってくれた方もいると思う。このご縁を大切にしながらも、無理に売り上げを追うのではなく、これまで通り品質第一でいきたい。申し訳ないが、もうしばらくお待ちいただければ」
欠品中のヘッドホンは、14日に再入荷した100台がわずか20分で売り切れに。今後も生産ができ次第、販売を順次再開していくつもりだ。(津田六平)