いい人もゲス男もみんな僕の顔 草なぎ剛、中年男の輝き
出演俳優の逮捕でお蔵入りになりかけた「台風家族」だったが、２０１９年９月にようやく公開された。
主演の草彅剛は、「ファンの皆さんの温かい声援があって、ここまでたどり着くことができました。本当に良かった。頑張って撮った作品が誰にも見てもらえないというのは、一番悲しいことだから」と語り出した。
「撮影したのは約１年前。スタッフとキャスト、みんな家族のようになって、『これは素晴らしい映画になるぞ』と予感しながらクランクアップを迎えたのを覚えています。だからうれしいです。最も喜んでいるのは市井昌秀監督でしょうね」
草彅が演じるのは鈴木家の長男、小鉄。父の一鉄（藤竜也）は１０年前に強盗をはたらき、母を連れて行方をくらましていた。事件が時効を迎えた日、小鉄と３人の弟妹（新井浩文、ＭＥＧＵＭＩ、中村倫也）が実家に戻ってくる。両親の財産を分配しようというのだ。当然ながら、きょうだいそれぞれに思惑があり、事は小鉄の思い通りには運ばない。
「台風だけに一風変わった家族なんです。一風、二風、三風変わって台風になる（笑）。台風のようなエネルギーを持った、決して退屈しない映画になったと思います」
映画の公開は延びたが、市井監督はこのオリジナルストーリーを自ら小説にして刊行している。「小説、もらったけど、まだ読んでないんですよ（笑）。公開までに読んでおかなきゃ！」
小鉄は金に汚い見えっ張りだが、家族思いのところもあり、なんとも間の抜けた中年男だ。善人か悪人か分からない、いろんな顔を持つ役をやらせると、彼は抜群にうまい。
「演じていても、よく分からないやつだなと思ってました。『なんなんだ、こいつは！』と（笑）。でもね、きっと単純なやつなんです。最初、落ち着いた大人っぽく振る舞おうとするんだけど、それが下手くそでね。俳優のくせにね。演じている時、僕も小鉄に笑えてきました」
いろんな顔を持つ男といえば、２００５年の連続ドラマ「恋におちたら～僕の成功の秘密～」の主人公、鈴木島男。絵に描いたような善人だった島男が、ひょんなことから大企業の経営に参画し、どんどん冷徹な悪相へ変化してゆく。善人と悪人の顔の振れ幅がとにかくすさまじい。
「僕は『いい人』なんて言われてますけど（笑）。『いいひと。』というドラマにも出ましたし。でも、実はそうでもないんだけどなあ、と自分では思っています。どれも僕の中にある顔です。小鉄は、『恋におちたら』をはじめ、これまでに演じてきたゲス男の集大成になりました（笑）」
２０１９年春に公開された鶴岡慧子監督の「まく子」でも、出番は少ないものの、女好きの父親役で、作品の空気をかっさらった。
「僕、出番が少ないと、なにか爪痕を残してやろうと考えるんです。一方で、今回の『台風家族』は出番が多い。こっちの方は適当にやりました（笑）。ここぞという時って、どうせ力が入っちゃうでしょ？ だから、適当に構えているくらいでちょうどいいんです」
中井貴一と小泉今日子が主演した１９９５年の連続ドラマ「まだ恋は始まらない」では、花屋の坂井真紀に淡い恋心を抱くアルバイト店員を演じ、短いながらも爽やかな印象をまき散らした。
「１話につき、２分くらいしか出てなかったですよ。ほんとマニアックですねえ。僕のコアなファンじゃないですか（笑）」
元ＳＭＡＰの稲垣吾郎、香取慎吾とともに「新しい地図」として再出発したのが２０１７年。稲垣が「半世界」、香取が「凪待ち」と、３人の主演映画が今年公開される。いずれも駄目な中年男の役だった。
「『半世界』も『凪待ち』も、作品として素晴らしかった。３人の色がそれぞれ出ていて、３本とも重みのある映画だったことがうれしい。僕のが最も軽いかな（笑）。その軽いところが気に入っています」
「今後ですか？ 僕は元々、目の前に来た仕事をやるって感じでしたから。だって、仕事をえり好みしているご時世じゃないでしょ？ なんでも断りませんよ（笑）」
かつてのアイドルは一定の年齢になると、自然に卒業していった。しかし今のアイドルは活動年数が飛躍的に延び、そのせいでいつまでも若々しくないといけない。汚れ役やコミカルな役はよいけれど、最もやってはいけないのが、年齢を感じさせる役である。ＳＭＡＰでなくなった彼らは今、ちょっとくたびれた男を生き生きと演じている。日本映画界は、優れた技量を持つ俳優を一気に３人も獲得した。（石飛徳樹）
くさなぎ・つよし １９７４年生まれ。埼玉県出身。テレビドラマの出演に「まだ恋は始まらない」「ＴＥＡＭ」「僕の生きる道」「恋におちたら～僕の成功の秘密～」、映画に「メッセンジャー」「黄泉がえり」など。「台風家族」は２０１９年９月６日に公開。
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