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美濃和紙の技「未来へつなぐ」 女性職人が工房復活

※本記事は2020年9月25日に朝日新聞デジタルで掲載されました。

かつて美濃和紙をすく家々が軒を連ねていた岐阜県美濃市蕨生(わらび)地区に、昔ながらの紙すき工房がよみがえった。本美濃紙保存会の初代会長を務めた古田行三さんと妻さよ子さん(いずれも故人)に師事した浦部喜代子さんが、築77年の民家を改修し、紙すき場(紙屋)を再現した。伝統の美濃和紙にこだわる浦部さんは「受け継いだ技術を未来へつないでいきたい」と意気込む。

浦部さんは神戸市出身。京都精華大学でデザインの勉強をしていた時、京からかみの工房で初めて手すき和紙と出合った。「日本の伝統的な色彩や柄と、和紙との組み合わせに感動した」と振り返る。

和紙は、軽くて丈夫なうえ、加工もしやすいことから、ものづくりに適しているという。浦部さんは大学卒業後、京からかみの工房で修業をしながら、全国の和紙づくりの工房などを訪ね歩いた。「美濃和紙は穏やかで気品があり、手すきの技術がとても素晴らしかった」

民家を改修した美濃和紙の工房「みの紙工房F」=2020年9月12日午後1時40分、岐阜県美濃市蕨生、松永佳伸撮影

93年、手すき和紙の技術を習うため、美濃市へ移住。古田夫妻に師事し、長谷川和紙工房で18年間、薄美濃紙づくりに携わった。共同作業場では周りの先輩たちから磨き抜かれた技術を習ったほか、紙づくりに対する姿勢、厳しさを学んだという。家庭の事情で一度は美濃市を離れたが、2017年に美濃市へ戻った。2年後に「みの紙工房F」として独立し、市内の紙すき施設を借りて仕事をしてきた。

ユネスコ無形文化遺産に登録された本美濃紙の手すき技術の保存と伝承に努めてきた師匠の古田夫妻。その流れを受け継ぐ最後の職人でもある浦部さんは「紙すきの伝統技術や精神を継承していくためにも自分の工房を持ちたい」と考えていた。

蕨生地区で代々、紙すき屋をしていた後藤兼秀さん(64)=岐阜市在住=は空き家になっていた実家の活用方法を模索。2年前、盆休みに集まった親類と「地域の活性化に利用できないか」と話していた。

地元で栽培されたコウゾの状態を確かめる浦部喜代子さん(右)=2020年9月12日午後1時21分、岐阜県美濃市蕨生、松永佳伸撮影

昨年8月、浦部さんのことを知り、「本物が体験できる場所になれば」と声をかけた。美濃和紙で地域の活性化を目指す市民グループも立ち上げ、浦部さんの活動を後押しする。

民家を改修し、玄関脇に約50年ぶりに紙すき場が復活。作業場には、古田夫妻が使っていたものと同じ形態の「すき舟」などの道具を配置した。原料も国産の「コウゾ」などにこだわり、良質の井戸水と澄んだ空気で天日干しをし、伝統の美濃和紙をすく。

元々は4月下旬に新しい工房を披露する予定だったが、新型コロナウイルスの影響を配慮して延期。今月12、13日、近所の人たちに声をかけ、やっとオープニングイベントの紙すき体験会の開催にこぎ着けた。

浦部さんは「お年寄りが楽しそうに紙すきをする姿を見てうれしくなった。昔ながらの紙屋として製法を守りながら、使い手に喜ばれる美濃紙をすき続けたい」と話す。(松永佳伸)

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