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完結後も問いかける物語「小説 火の鳥 大地編」

漫画家の手塚治虫さん(1928~89)が残した構想原稿をもとに、直木賞作家の桜庭一樹さんが新たな物語を生み出した「小説 火の鳥 大地編」。朝日新聞土曜別刷り「be」で昨年4月から連載し、今月26日、計70回で完結した。桜庭さんと、挿絵を担当したイラストレーターの黒田征太郎さん、治虫さんの長男でビジュアリストの手塚眞さんが感じた、それぞれの「火の鳥」を聞いた。

桜庭一樹さん=門間新弥撮影

勇気かき集め、火の鳥と飛んだ 桜庭一樹さん

引き受けるときはプレッシャーが大きかったです。「火の鳥」はあまりに巨大な作品で、勇気をかき集めないといけませんでした。

手塚治虫先生の残した原稿は400字詰め原稿用紙に2枚と5行。最初は短く感じましたが、実は舞台設定から登場人物、その後の展開まで必要なものは全てそろっているんです。「これが天才の仕事か!」という畏怖(いふ)の念がありました。

はじめは「火の鳥」らしくという過度の緊張があったんですが、ご長男の手塚眞さんが「自分の作風で好きに書いた方がいい」とおっしゃってくれて、肩の力が抜けました。

私が書いてきた小説は、正史ではなく稗史(はいし)、つまり名もなき私たちの歴史です。今回はユゴーの『レ・ミゼラブル』のように、激動の歴史と、その歴史に翻弄(ほんろう)される生身の人間を描きたかった。それこそが「世界文学」だし、手塚先生の「火の鳥」もまさにそうだと思うんです。「世界文学」に「火の鳥」と、目標をはるか上に置いた方が、実力以上に高く高く飛べると思いました。手塚先生のキャラクターを心から愛することと、物語に自分自身のテーマを込めることを同時に心がけました。

日本の戦争について書くのは初めてでした。江戸時代に鎖国していた後発国の日本が、なぜ日清、日露戦争を有利に進められたのかという疑問が、今回のアイデアの出発点です。あらためて勉強してある部分では理由もわかったのですが、やはり謎も多い。そこで「火の鳥の力が関わっていたから勝った」という物語を思いつきました。

物語にあるのは、答えではなくて問いだと思います。歴史を学び、いま再び考え議論すべきことが多くある。読者の皆さんには、エンターテインメントとして楽しむうちに、近代史を考えるきっかけになれればうれしいです。



さくらば・かずき 1971年生まれ。『私の男』で直木賞。『赤朽葉家の伝説』など。

黒田征太郎さん

700枚近く、どんどん描けた 黒田征太郎さん

手塚治虫さんは学徒動員で大阪大空襲を経験しました。僕は赤い大阪の空を兵庫県西宮市から見て、「きれいやなぁ」と言って怒られた。幼い自分にはわからなかったんです。その後、僕の家にも爆弾が落ちましたが、不発弾だったので生き残りました。

手塚さんはあの爆弾で、いろいろ考えざるを得なかったと思います。大変さは違いますが、僕も空襲のことを思い出しながら描きました。火の鳥のテーマは「命」だと思います。手塚さんから桜庭一樹さんがバトンを受け取った。ご一緒したいという思いでやりました。

どんどん描けてしまって、700枚近くになりました。紙面に掲載されたのはその一部です。描く中で、世の中の出来事も重なってきます。今回のコロナ禍で考えたのは、人間は何でも自分たちで制御できると思っているけど、ずっと制御できないものに翻弄されてきたんじゃないかということです。

ウイルスだって、原子力だってそうでしょう。「火の鳥」もそんな人たちの物語ですよね。桜庭さんは、この時代の雰囲気を敏感に感じ取っていたと思います。僕は、火の鳥が人類への警告を発しているような気がしています。



くろだ・せいたろう 1939年生まれ。絵本『18歳のアトム』の原案・絵など。

手塚眞さん=伊ケ崎忍撮影

原作と異なる個性、魅力的 手塚眞さん

「火の鳥」は、手塚治虫にとって特別な作品。思った通りにのびのび描けた作品だと思うんです。

常に雑誌の読者層を意識していましたが、「黎明(れいめい)編」や「未来編」「鳳凰(ほうおう)編」などは自分で作った雑誌「COM」に掲載されました。

設定は自由奔放です。1980年公開のアニメ「火の鳥2772」は、それまでの火の鳥とは全然違いました。ときにはモンスターのようで、パロディーかと思うくらい。そうやってイメージを広げた。深さもありますが、それ以上に広さがありました。

桜庭さんは「火の鳥」という大きなタイトルで、しかもアジアの歴史をきちんと反映しなければいけない時代設定など、とても難しい条件の中で個性を出されました。オマージュで終わらず、SF作家だった手塚治虫とは違ったアプローチで、桜庭さんらしい「火の鳥」になっていました。とても緊迫感があって、読んでいて気が抜けないくらい。単行本で読み直すとまた違った面白さが出てくると思います。

漫画の中でも、火の鳥を追いかけている人は大変そうだけど、とりつかれているようなところがあるでしょう。挿絵の黒田さんもそうかもしれません。原作からインスピレーションを受けつつ、手塚治虫とは違った作風なところがよかったですね。

終わったばかりですが、このあとどうなるんだろう、と。まだまだ広がりがある感じがしますね。



てづか・まこと 1961年生まれ。監督した映画「ばるぼら」が11月公開。

<あらすじ> 1938年、日本占領下の上海。若く野心的な関東軍将校の間久部緑郎(まくべろくろう)は、中央アジアのシルクロード交易で栄えた楼蘭(ろうらん)に生息する伝説の「火の鳥」の調査隊長に任命される。資金源は、妻の麗奈の父で、財閥総帥の三田村要造らしい。

敵だらけの旅路をいく調査隊は、緑郎の弟で共産主義に共鳴する正人、その友で実は上海マフィアと通じるルイ、清王朝の生き残り川島芳子、西域出身の謎多きマリアと、全員いわく付き。火の鳥の力を兵器に利用しようともくろむ猿田博士も加わる。

苦労の末たどり着いた楼蘭で明らかになったのは、火の鳥には時間を巻き戻す力があること。体はすでに持ち去られ、歴史の改変が繰り返されていることだった。そこには、はるか昔に国を滅ぼされた女性の悲しい秘密が。同時に、日本を強大な帝国にしようという野望があった。真実を知った調査隊の面々はそれぞれの正義のために動き出す。時間は行きつ戻りつしながら、太平洋戦争に突入していく。

<単行本には未公開エピソード> 来年には、朝日新聞出版から単行本が刊行される予定。新聞紙面では明かされなかったエピソードが含まれ、登場人物たちの心の機微なども描かれる完全版となる。また、朝日新聞デジタルでは、紙面未掲載の黒田征太郎さんのイラストも多数見られる。

◇この特集は、滝沢文那が担当しました。

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