「やりたくない役者はいない」役に挑む阿部寛 真っ先に浮かんだ人は
8日公開の映画「とんび」はダメで不器用な「父」の愛の物語。主演の阿部寛には、真っ先に思い浮かんだ人がいた。
「この役をやりたくない役者はいない」
原作は重松清の小説。2012年に堤真一、13年に内野聖陽が主人公ヤスを演じ、ドラマ化された。
「それを自分が――と、すごいプレッシャーがあったけど、これだけ多くの人が愛する作品ならやる意味はある。そう決心しました」
「阿部さんのヤスが見たい」と口説いたプロデューサーに、「監督は瀬々敬久さんに」と要望した。格差と分断がテーマの映画「護(まも)られなかった者たちへ」で組んだばかりだ。「瀬々さんは今、ノってらっしゃる。この題材を、きっと独自の切り口でやってくれると思いました」
時代は高度成長期、瀬戸内の町の運送会社で働くヤスは、粗野だが人情に厚い。息子アキラが3歳のとき妻が事故死。ヤスの不器用な子育てを、幼なじみの照雲(安田顕)や小料理屋を営むたえ子(薬師丸ひろ子)らが支える。成長したアキラ(北村匠海)の旅立ちの日、寂しさに耐えきれずヤスは「一人前になるまで帰ってくるな!」と怒鳴る。
「あそこは特に瀬々さんならではの味が出た」と語るのは、たえ子の生き別れの娘をヤスや照雲が小料理屋で囲む場面だ。ヤスが「十九の春」を歌い出す。「いまさら離縁というならば、もとの十九にしておくれ」
「もうすぐ結婚する娘さんを励ますのに『何でこの歌?』と役者みんな思ってて、このシーンを何とか成立させなきゃとみんなで声を張り上げた。その懸命な感じが良い。ミスマッチに人間味が出ましたね」
頑固で純情、俠気(きょうき)も稚気もあるヤスの一代を描く。瀬々は三船敏郎の「無法松の一生」をイメージした。なるほど無法松もヤスも、たくましい男優が男くささをぶつける役だ。
「僕には真っ先に頭に浮かんだ人がいた。おやじの弟で、川崎の下町暮らしで酒とケンカが大好きな人でした。子供から見ても『ダメな人』だったけど憎めない。『ひろし、釣りに行こう!』ってよく多摩川に連れ出された。昔は、子供の周りにそういう欠けたところのある大人たちがいて、補い合ってみんなで育てた。この映画にはそんな、今の時代に必要な温かさがあります」(文・小原篤 写真・篠田英美)